『ボストンマラソン』を走ってきました。

部員の武本です。
もう二ヶ月以上前になりますが、ボストンマラソンを走ってきました。
いやー、何度走っても海外レースは最高ですね、改めて記憶を辿ってお届けしたいと思います。


【世界中のランナーが憧れる、世界一の市民レース!!!】

ボストンマラソンは今年で123回を数える世界最古の市民マラソンレースです。第1回大会がアメリカ独立戦争が開戦した日に定められた愛国者の日(Patriot's Day)に開催されたことで毎年4月の第3月曜日に開催されています。
ボストンマラソンはIAAFゴールドラベル且つワールドマラソンメジャーズの一つです。他のワールドマラソンメジャーズで次に古いニューヨークシティマラソンも今年が49回大会ですから、如何にボストンマラソンが他より圧倒的に伝統のある大会なのかご理解戴けるでしょう。そしてこの大会はBQ(ボストン・クオリファイ)と呼ばれる参加資格タイムを有していなければ参加が出来ないことから選ばれし者のみが参加可能であること、そういう背景から世界中の市民ランナーの憧れのレースと言われています。


【BQが無くてもボストンマラソンは走れる?】

では何故鈍足ランナーの私がボストンマラソンを走れたのか、BQを満たさないランナーが先述のBQ資格を得られなくとも走れる方法は2つあります。

①出走権を保有している旅行代理店のツアー参加
②チャリティーランナーとしての参加

今回私は②のチャリティーランナーとしての参加をしました。チャリティーというと日本では一般的に寄付をイメージしますが、海外レースでのチャリティーはちょっと異なります。
ボストンマラソンの場合、運営団体であるB.A.A.(Boston Athletic Association)に正式に認められた組織、団体がチャリティーランナーを集います。そしてそれらに認められた者がチャリティーランナーとしてレースを走ります。全体で約30強の団体があるのですが、団体が所有しているBIB数、設定チャリティー額も様々で、BIB数については募集段階では未公表の団体が殆どです。チャリティー額も最低で5,000ドル(約60万円)からとなっており、チャリティーの方法は通常、自身で寄付をするのでは無く、チャリティー用のサイトを立ち上げ、自分が所属することになった団体に募金をしてもらうというのが海外レースの場合は一般的です。
ボストンマラソンの場合、B.A.A.のサイトにチャリティーのページに公式に認可された団体が掲載されており、前年の9月頃からエントリーが開始されます。BQ有資格者のエントリー時期も通常9月辺りで、ほぼ同時期です。自分は約10団体エントリーしましたが、結果無事認可されたのはたった1団体のみ。Team Red Crossというマサチューセッツ州赤十字のチームと縁があって11月末に何とかBIBを得る資格が与えられました。レースのほぼ1年前にこの大会の参加を目論んでエアとホテルを手配していたので、このチャリ活(私が勝手に名付けたチャリティー活動の略)の3ヵ月は本当に胃がキリキリする日々を過ごしました。。Team Red Crossのメンバーに選ばれてからは、Teamの特設サイト上で寄付を募るWebページを作成したり、地元ボストンの有名なランニングスペシャリティストア専属のコーチによるレースに向けての定期的なコーチング、SNSを通じてチームメンバー同士の情報共有等、Team Red Crossのメンバーとして、普段なかなか得られない体験や世界中のランナーと繋がれたことは素晴らしい経験でした。50名程のランナーが同じTeamとして同じユニフォームに袖を通して走れるのは海外レースではとても心強いですし、コース上のメディカルチーム始め、沿道で応援してくれる大勢の観衆からの"Go!Team red cross!!"という声援には何度も元気づけられました。
BQ資格は無いけどいつかボストンマラソンに出たい!と思われているランナーの皆さん、是非チャリティーエントリーもご検討してみては?


【憧れの地、ボストンへ】

今回、これまで参加した海外のワールドマラソンメジャーズ(シカゴ、ベルリン、ニューヨーク)が2泊4日と最小日程での参加でしたがボストンは月曜レースということもあり3泊5日の日程での参加でした。レース2日前に現地入りをしたので、これまでと比べかなり気持ちとしては楽な状態で、着いた初日にはEXPOでBIBを受け取り物販会場ではオフィシャルスポンサーのadidasを始め、各スポーツメーカーがこのボストンマラソンを模した限定グッズ、ギアチェックをします。EXPO最終日はレース前日の日曜ですが、土曜の時点で人気商品はサイズ欠け等も見られました。因みにセレブレーションジャケットはサイズ欠けを恐れてボストンへ乗り込む前に予め入手済。これまでも海外レースに行くとボストンマラソンのセレブレーションジャケットを着用している人が多く、このジャケットに憧れていたので袖を通した時は嬉しかったですね。





今年のEXPO会場はハインズ・コンベンションセンター。BIBと参加Tシャツ、荷物預け袋等を受け取り、その流れでEXPO会場へ。中日だったせいか比較的人出は落ち着いていたがやはり最終日は相当な混雑だったらしい。今年のセレブレーションジャケット

その後現地でランナー仲間と合流し、ボストン名物のニューイングランド・クラムチャウダーオイスター、ロブスターをサミュエル・アダムスで流し込みました。やっぱり海外では地の物を食べるに限ります。ただレース前なので流石に生牡蠣はパスしました。いつかまた生牡蠣を食べにボストンに訪れたいなぁ。。





アメリカ最古のレストラン「ユイオン・オイスター・ハウス」で名物のオイスターとクラムチャウダー。写真撮り忘れましたがロブスターも地の物はどれも美味しい。次回こそは生牡蠣にありつきたい

2日目はレース全日の日曜日、この日はまずAdidas主催のモーニングランに参加しボストンの中心、バックベイからボストンコモンを経てチャールズ川沿いを走る約5キロのグループランに参加をしました。それから今回私が所属するチャリティーチームのTeam Red Crossのブレックファストミーティングに参加し、そこで赤十字関係者や自分と同様のチャリティーランナーメンバー、その家族と交流しました。アメリカ国内のみならず、私と同じ様に香港やフィリピン等、海外からチャリティー参加をしているランナーもいます。個人参加も気楽で楽しいんですが、チャリティーランナーとしても使命感の様なものを背負って出場するのも何かこう、気持ちと背筋がビシっと正される感じで良いですね。いよいよボストンマラソンを走るんだ、と気持ちが高まってきました。





大会の冠スポンサーのAdidas主催のグループランに参加。村上春樹も好んで走っていたと言われるチャールズ川沿いやボストンコモンを抜けコプリー・スクエアでゴール。約5km程度の距離を世界各国のランナーと伝統的なボストンの街並みを共に走るのは新鮮且つ刺激的





Team Red CrossのBreakfast Meeting会場の様子。皆FtoFで顔を合わすのは初めてでも、FBのグループページで情報交換等コミュニケーションを取っていたため終始和やかな雰囲気

その後、今回の楽しみの一つにしていたMLB観戦をしました。ゲームは序盤レッドソックスが1点を先制しますがその後は息詰まる投手戦となります。8回裏のレッドソックスの攻撃で3ランが飛び出しレッドソックスが試合の勝利を決定づけました。ちょうど攻撃前に恒例の"Sweet Caroline"の歌で球場全体が盛り上がり、その熱も冷めやらぬ中でのダメ押し打に球場内のボルデージも最高潮、一人での観戦でしたが周囲の観客誰彼構わずにハイタッチ、試合はそのまま4-0でレッドソックスの勝利!!









MLBでも最古のボールパークのフェンウェイ・パーク。球場内だけでなく外周のこの雰囲気、一瞬で恋に落ちました

ゲーム観戦後はまたランナー仲間と集い、B.A.A.主催のプレレースディナー会場のボストン市庁舎に向かいましたが、これがとんでもない行列で即諦め、ランナー仲間の知っているピザ屋へ直行します。昼はフェンウェイパークでホットドッグとポップコーン、夜はピザとなかなかジャンクな食事となりましたが、海外レース慣れしてくるとこんなものと割り切り、アメリカンなスライスピザを食べながら明日のレースの展望、天候情報等で仲間と盛り上がります。実はレース前日の時点で、あの川内選手が優勝した前年2018年と同様荒天の予報が出ており、ボストンのランナーの間ではその話題で持ちきりでした。実際食事を終えてからホテルへの帰路に着く頃にはボストン市内は雨模様となります。明日の装備を最終チェックし、天候の回復を祈りつつ就寝につきました。


【レース当日!!夢にまでみたボストンマラソンの舞台へ!!】

朝目覚めると、願い空しく大雨です。ボストンマラソンは海外メジャーレースで一般的なWave制で、ゴール予想タイムに応じてスタート時間が異なり、オープンエントリーの私は最後のWave4スタートです。よってスタートの地ホプキントンまでのシャトルバスも9時台と、乗り場のボストンコモンまでを考えるとホテルを8時に過ぎても大丈夫なのですが、Wave1,2でスタートをするランナー仲間は6~7時台のバスのため状況がメッセンジャーでシェアされます。内容は雷鳴と豪雨、バスに乗り込んでも冠水で立ち往生、スタート会場も足場は雨でぐじょぐじょ、雨の凌ぐテント内は大混雑で座って待機することも難しいという凄惨な状況が逐一伝わってきて、既に心が折れかけそうになります。意を決してカッパを羽織ってホテルから最も近いプルデンシャル駅からシャトルバス乗り場近くのボイルストン駅に向かい、駅でランナー仲間と待ち合わせてバス乗り場へ向かいます。ここで前にシカゴマラソンでもお世話になった馴染みのあるスクールバスに乗り、スタート会場のホプキントンに向かいます。幸い、バスに乗り込む頃には雨足は弱まってきました。





メッセンジャーを通じてWave1~2スタート組から状況が逐一シェアされる。幸いにも自分がシャトルバス乗り場に到着した頃に雨足が弱まる。荒天のせいかセキュリティチェックは比較的甘め

市街を暫く走行した後ハイウェイに乗り、バスは西へ向かいます。ボストンマラソンは西から東へのワンウェイコース。バスの車窓から流れる景色を暫く眺めてると、「これだけの距離を走って戻らなくきゃならないのか」という気持ちが嫌でも湧いてきてしまいます。席は2人掛け、ランナー仲間は自分含め3人で、自分は外国人ランナー(此処では私が外国人でしょうが)と並びだったため、とにかく目をつぶり寝ようといますが、立て付けの悪い窓から入ってくるすきま風が気になり、だんだん寒気と腹が下ってくる嫌な感覚に襲われます。少しでも気を紛らわすために前方に座ってる仲間に声を掛けて話しこむうちにようやくハイウェイを降り、スタートの地、ホプキントンに到着しました。
到着後、トイレを済ました後、手荷物預けも無いのですが、そこでランナー仲間と談笑をしていると、段々周囲のランナーが減ってきたことに気づきました。昨日大会本部からメールがあり、悪天候を予想し自分のWave4はスタートを繰り上げ、Wave3がスタートしたらその流れでWave4も順次スタートに変更との連絡でした。予想では15分程度早まるぐらいだろうと思っていたのですが、ランナーの大群の流れにまかせてスタート地点に歩いて向かうと、気づけばもうスタートライン。慌ててランアプリをスタートさせてスタート付近の沿道のローカルからの応援(明らかに大会関係者では無い)を受けつつ何ともあっさりとしたスタートになりました。(Wave1スタートの友人曰く、スタートの際はアメリカ国歌斉唱にあわせて戦闘機が飛来するという大会に相応しいセレモニーがあったそうです)





ホプキントンに到着。Wave4の最後方だったようで、そこまでビレッジエリアは混雑無し。防寒用の服が大量に集められ、これらはリサイクルされる





スタート地点までは結構歩く。本大会でシックススターフィニッシャーを達成するサインを付けたランナーも大勢見かけました。そして歩みを進めていくと、気づけばスタートのサインが

レースは序盤から下り基調ですが小刻みにアップダウンがあるのと、Wave4でも後方からのスタートのため、オープンエントリーでタイムより完走!というキロ7分程度のランナーも多く(なんと開始数マイルで歩くランナーの姿も!!)、スピードに乗れませんが、とりあえずサブ4ペースで進みます。そうしているうちに、大量の汗をかいているのに気づきます。ホプキントンに着いた頃には雨もすっかり上がり、スタート時には20℃に達していたと思います。また湿度も相当高く、スタート後早々にアームウォーマーを下ろします。前日までは2018年のレースの荒天と予報が出ていたため、寒さ対策はすれど暑さは想定外、塩熱サプリを携帯していなかったことをすぐ後悔しました。各給水所でスポーツドリンクを摂りながら同一ペースで進んでいきます。
ボストンマラソンは先述通り、ホプキントンからボストンまで西から東へ8つの市町を駆け抜けるワンウェイコース。ボストンまでは田舎道ばかりだろう、と思っていましたが案の定その通りで、ニューイングランドの綺麗な田舎の風景がしばらく続くのですが集落の無いところでもローカルの熱い応援を受けられます。人出ではニューヨークシティマラソンには敵いませんが、とにかく応援が巧いんです。ただ声を張り上げるだけで無く、ランナー一人一人にメッセージを送る様な応援スタイルの人が多かったですね。123回もの長い歴史の一遍をこういう所でも感じることが出来ます。
レースも中盤、20km過ぎにウェルズリーカレッジに差し掛かると、名物のスクリームトンネルです。このウェルズリーカレッジはヒラリー・クリントンも卒業した名門大学ですがここの学生がキスやハグを伴う熱烈な応援を数百メートルに渡り繰り広げます。噂には聞いていましたが、マジで多くのランナーが女学生がキスやらハグやらしています。因みに私はハイタッチまで(笑)さすがに100人以上の女学生とのハイタッチと黄色い歓声は元気出ますね。是非一度皆さんにこの経験を味わって欲しいです。アイドルで無い限り絶対にこんな経験出来ませんから。





スタートから直後、それまでの荒天が嘘のように晴れ渡る。湿度は高いまま、気温はぐんぐん上昇するというランナーにとっては厳しい気象条件。1マイル毎に距離表示あり。また新たな市町に入る都度、サインがあるのも自身のコース上の位置を把握しやすいので有難い

ボストンマラソン名物のスクリームトンネル



【レースも終盤、栄光のゴールへ】

レースも中盤も過ぎると更に気温が上昇してきて、30キロに差し掛かると名物の心臓破りの坂がせまってきます。合計4つ、距離、勾配も異なる上り坂がランナーを苦しめます。この時点で既に疲労はピーク、目標ペースをキープすることも難しくなってきた中での上り坂は相当キツかったです。この辺りだと周囲はほぼ自分と同レベルの走力のランナーも多いのでしょう、歩くランナーも少なくありません。ここでもローカルからの声援を力にし、そして自分自身でも、「いいか、お前は今、ボストンマラソンを走ってるんだぞ。あのボストンマラソンだぞっ!!」と発破をかけ続けます。結果最後のゴールまで一度も歩くことはありませんでした。
一連の坂を走り終えると神様からのご褒美でしょうか、それまで晴天続きだった空が曇りはじめ、厳しい日差しも落ち着き始めました。少し走りやすくなったと喜んだのはほんの束の間、小雨が降りだしたと思ったら本降りとなり、ボストンに入った頃には強風も吹き始めます。気温も低下しはじめ、下げっぱなしだったアームウォーマーをまた戻して調節します。本当にニューイングランドの天気は変わりやすい。レースも終盤、市街地に近づくと雨や強風などお構いなし、ボストニアン達の声援は更に大きくなり時折日本人からの「頑張れ!!」という声援も届いてきます。やっぱり異国の地で日本語で応援してもらえるのは嬉しいですね。その声援にも精いっぱい応えます。
前日、フェンウェイパーク近くでも見た"CITGO"のサインが見えてきました、これが見えてくれば、あと残り数キロです。この頃になると道の轍にはしっかり水たまりが出来るほどの雨量と、注意しなければ体が流されそうになるぐらいの強風に苦しめられます。でもそんな状況でもこの時点で歩いているランナーはほぼ居ません。本当にボストンのランナーは強い。いや、ランナー全員に見えない力が宿っている様な。。そんな中、コモンウェルス・アベニューを進んで行くと、チャールズゲートの高架橋が目に入ってきます。そこに書かれている言葉は

"BOSTON STRONG"

ボストンのランナーを突き動かす力というのは、この言葉によってもたらされているのではないでしょうか。ボストン、独立戦争のきっかけとなったボストン茶会事件をはじめ、アメリカ建国における重要な拠点、表舞台となった街、それから大不況、大火、製造産業の衰退等幾多の困難を乗り越えてきた街、そしてこのボストンマラソンも1960年代、それまで認められていなかった女性のフルマラソン参加もボビー・ギブ、キャサリン・スウィッツァーによって女性参加の門戸が開かれた舞台です。まさしく現代女性の強さの象徴と言えると思います。そしてまだ記憶に新しい2013年の爆弾テロ事件、これら全ての歴史、出来事を受容し、乗り越えてきたボストンの街、そこに代々住み続けるボストニアンを象徴する言葉だと思います。
そして高架をくぐりマサチューセッツ・アベニューの立体交差付近で一人の男性が倒れて救護を受けていました。見たところ若く屈強な身体つきの白人男性です。完全に血の気の引いた肌は青白く、気を失っている様でした。きっと彼もこの舞台を夢見て日々研鑽を積んで、彼なりの想いを持ってこのレースに挑んでいたのでしょう。残り1キロあるか無いかという地点で、さぞかし無念だったろうと思います。彼の無事を祈りつつ、残りのレース、勝手に彼の思いも背負って走ろうと誓いました。コモンウェルス・アベニューに別れを告げ、グロスター・ストリートに入ります。そして突き当りを左折すると、そこはラストの直線、夢にまで見た栄光のボイルストン。
ボストンマラソンを走ると決めてから、何度もこの最後のボイルストン・ストリートを走る姿を何百回もイメージしてきました。そして遂にその瞬間がやってきました。相変わらず強い雨風、でも歩いているランナーは一人もいません。沿道には何重もの人垣、そして地鳴りの様な大声援に迎えられます。最後のホームストレート、先には栄光のフィニッシュゲートが見えてきました。この瞬間のために走ってきた、本当にそう思えました。レース中にも関わらずそんな感傷に浸ってしまって気が緩んだのでしょうか、あと残り数百メートルというところで右脚のハムストリングを思いっきり攣ってしまいました。苦悶の表情でフォームも崩れます。そんな私に気づいたのでしょうか、沿道の観衆応援のボルテージが更に上がったのは、きっと私に向けられたものなんだと思います。実際どうかわかりませんがそう思い込んでラストスパート!!しかし直ぐに今度は左脚のハムストリングも同様に攣ってしまいました。でもゴールは目前、とにかく無我夢中、それからどんなフォームで走っていたのか自分でも想像がつきません。私がこれまで何百回とイメージしてたボイルストンを颯爽と駆け抜けるヴィクトリーランの姿とは全くかけ離れてしまいましたが、スピードを緩めること無くそのままフィニッシュ!!!
タイムは4時間5分5秒(公式記録)と納得できるものでは無かったものの、ゴール後はボストンマラソンを走れた喜び、充足感に満ちており、ボランティアの方からメダルや補給食、防寒シートを受け取り、熱狂のゴールエリアから離れ暴風雨の中徒歩で宿泊先のホテルへ帰路に着きました。





チャールズゲートの高架橋に書かれた"BOSTON STRONG"(これは拾い物の画像) この言葉でレース中何度自らを奮い立たせたか。ゴール及びゴール後の画像から、レース終盤以降は天候が荒天したのがお分かりいただけるだろう。これだけ目まぐるしい気象条件の中でランナーを励まし、労い続けてくれたボランティアの方々に改めて感謝と敬意を申し上げたい


【レース後のアフターパーティで思いがけないご褒美が!!】

レースが11時スタートだったため、ゴールは15時過ぎ、ホテルに戻ったのは16時前だったので、大会主催のレースアフターパーティに向け、シャワーを浴びて補給食を少し口にし、すぐに出かけます。地下鉄に乗り込み会場のフェンウェイ・パークへ。前日の野球観戦すっかりこの野球場を気に入ってしまったので、また入場出来て嬉しい、なんて思って入ったらなんと、フィールド内に入れるじゃありませんか!!!さすがに芝部分は規制されていましたが、大興奮したのは言うまでもありません。ホント、これだけでもボストンマラソンを走る価値があると思います。









フェンウェイ・パーク名物のグリーンモンスターも目前まで近づける。そしてワールドシリーズチャンピオンの証、歴代のコミッショナーズ・トロフィーやこれまで歴代の名選手達が過ごしたであろうベンチに入れて大感激。フィールドから見た球場の美しさに息をのむ


ボストンマラソンを振り返って】
これまで走ってきたワールドマラソンメジャーズ(東京シカゴベルリンニューヨーク)と比べて、先ずは思いの外コンパクトだなぁ、という印象を受けました。どうしてもメジャーレースだと、どこでも大動員で随分と待たされたり、移動一つでも大変な思いをしたりするものなのですが、ボストンの場合は街自体がコンパクトなのと、歴史がある分、他の大会よりオペレーション面で一日の長があると感じました。また自分が走ったWave4であっても走力の高いランナーが多く、また沿道の観衆の応援も本当に素晴らしい。これらの要素全てがボストンマラソンの歴史、伝統が成すのでしょうか、そこには品格すら感じられます。ひょっとしたら私自身、ボストンマラソンへの強い憧れから敬意を払いすぎて、そういう印象を抱いたのかもしれません。
僅か3泊のボストン滞在でしたが、ボストンマラソンというより、このボストンマラソンを育んできたボストンの街が本当に好きになりました。またボストンマラソンを走りたい気持ちは当然あります。でもマラソン抜きでもまた訪れたい、本当に魅力的な街だと思います。家族でも訪れてみたいですね。その時はフェンウェイ・パークで息子とベースボール観戦をし、ゲーム開始から”Go Sox!!"と叫び、"Take Me Out to the Ball Game”、"Sweet Caroline"を唄って盛り上がれたら最高だなぁ。




最後に恒例のレースギア紹介です。

トップス:Team Red Cross singlet
タイツ:2XU
シューズ:Altra DUO
キャップ:Nike
ゲイター:2XU
アームウォーマー:2XU
アイウェア:Oakley